記事内に広告が含まれています。

深山第一砲台跡を解説:アクセス・歴史・見どころなど【和歌山市加太】

和歌山で観光

和歌山市の加太にある「深山第一砲台跡」に興味を持っているけれど、「どんな場所なのだろう?」「友ヶ島みたいに行きにくいのでは?」と不安を感じていませんか。あるいは、歴史的な戦争遺跡に興味はあるけれど、実際に行くと怖い雰囲気なのか、家族や友人と一緒に楽しめるのか気になっている方も多いでしょう。アクセスのしやすさや所要時間、見どころなど、事前に知っておきたい情報がいくつもあります。

そこで本記事では、和歌山市加太に位置する深山第一砲台跡について、歴史的背景からアクセス方法、現地の散策ポイントまで詳しく解説します。友ヶ島と並び「ラピュタのような世界観を体験できる」スポットでありながら、フェリーを利用せずに気軽に訪問できるのが大きな魅力です。加太エリア観光と組み合わせれば、短時間でも充実した旅程を楽しめるでしょう。

さらに記事内では、口コミや体験談から見えるリアルな評価、夕日や展望台の絶景、心霊スポットとしての噂についても触れていきます。加えて、由良要塞としての歴史的な役割や、関西で巡れる他の砲台跡との比較も紹介。観光だけでなく、歴史や文化に興味がある方にも価値ある情報を提供しています。

深山第一砲台跡は、アクセスの良さ、廃墟感あふれるレンガ造りの遺構、そして美しい自然が揃った穴場観光地です。本記事を読むことで、訪問前に必要な準備や楽しみ方を具体的にイメージできるはずですぜひ最後までご覧いただき、加太エリアを訪れる際の参考にしていただければ幸いです。

記事のポイント
  • 深山第一砲台跡の歴史的背景や由良要塞における役割が分かる
  • アクセス方法や所要時間など、訪れるための具体的な準備ができる
  • 実際の見どころや口コミを参考に、散策時の楽しみ方がイメージできる
  • 周辺観光(休暇村や他の砲台跡)と組み合わせて訪問プランを立てられる

【和歌山市加太】深山第一砲台跡跡について解説

深山砲台跡(撮影:筆者)

和歌山市加太にある深山第一砲台跡について解説します。明治期に築かれた由良要塞の一部であり、大阪湾防衛を担った歴史的施設です。現在は自然と廃墟が融合した散策地として整備され、アクセスの良さと独特の雰囲気から観光スポットとして注目を集めています。

深山第一砲台跡の概要

和歌山市加太の北側に位置する深山第一砲台跡は、明治時代に築かれた由良要塞の一部として大阪湾を防衛する役割を担った軍事施設です。

紀淡海峡を通過する敵艦を迎撃するために設置され、当時は28センチ榴弾砲が並びました。今では瀬戸内海国立公園の一角として整備され、レンガ造りの弾薬庫やアーチ状トンネルなどが残されており、歴史と自然を同時に味わえる散策地となっています。

項目情報
所在地和歌山県和歌山市深山
アクセス阪和自動車道「和歌山北IC」から車で約40分
最寄駅南海加太線「加太駅」
(駅から休暇村紀州加太行き送迎バスあり(約10分))
駐車場無料あり(7~8台分)
所要時間約60分のハイキングコース

アクセス方法

アクセス方法としては、車の場合、阪和自動車道「和歌山北IC」から約20分で駐車場に到着します。

深山砲台跡の駐車場
深山砲台跡の駐車場:私が行った時は8台の車が停まっていました

南海電鉄「加太駅」からは休暇村紀州加太への無料送迎バスが運行されており、公共交通機関を利用する人でも気軽に訪れることが可能です。入り口近くには7~8台ほど停められる無料駐車場があり、日帰り観光の立ち寄り先としても便利です。

入口から砲台跡まではレンガ道が続く緩やかな登り坂となっており、徒歩10〜15分程度で到着します。しっかり整備されているため歩きやすいですが、動きやすい靴や季節に応じた虫対策をしておくと安心です。

このように、深山砲台跡はアクセスの良さと散策の手軽さが魅力で、車でも公共交通でも訪問可能です。友ヶ島に比べ時間や費用の負担が少なく、短時間で明治期の歴史遺構に触れられる点が大きな利点といえるでしょう。

見どころ:友ヶ島に行かなくても「ラピュタ」のような世界観を楽しめる砲台跡!

友ヶ島に行かなくてもラピュタのような世界観を楽しめる深山砲台跡

砲台跡といえば、友ヶ島の砲台跡が有名です。

現地の砲台跡では「ラピュタ感を楽しめる」と、雰囲気ある砲台跡の観光を主な目的に、多くの人が友ヶ島に足を運んでいます。

しかし、その一方で、友ヶ島に行くには「フェリーに乗らなければならない」というデメリットがあります。

フェリーに乗って島に訪問するのはハードルが高いと感じる人も多く、「時間の制約が大変じゃないか・行ったら危険なのではないか・帰れなくなるのではないか」といったような心配をする人もいるようです。

深山砲台跡は、そんな人にもおすすめできます。

車で駐車場までアクセスできて、そこから少し歩けば、ラピュタのような砲台跡の世界観を気軽に楽しむことができるのです。

レンガ造りの弾薬庫やアーチ状のトンネルは、100年以上前に築かれたものですが、今もその美しさを保ち続けています。鬱蒼とした森の中に突如現れる遺構は、廃墟好きや写真愛好家にとって格好の撮影スポットとなっています。

次に注目したいのは、遺構そのものの保存状態です。深山第1砲台跡には6門の大砲が設置されていた円形の砲座やトンネルが残っており、当時の軍事技術を間近に感じることができます。薄暗い地下に潜む弾薬庫は、まさに冒険映画のワンシーンのような雰囲気を漂わせています。

つまり、深山砲台跡は「友ヶ島の代替地」というだけでなく、加太の自然も相まって、独自の魅力を持つ戦争遺跡となっています。アクセスのしやすさと幻想的な景観が融合した場所で、ラピュタの世界を体験したい人にとって理想的な観光スポットといえるでしょう。

深山第一砲台跡を実際に歩いてみた

実際に深山第一砲台跡を歩いてみました。

まずは駐車場からスタートします。

(深山砲台跡の駐車場からスタート)

歩道を案内する看板がありますね。

現在地の案内もありました。

それでは出発します。

入口から砲台跡までは道を10〜15分ほど歩けば到着します。
(以下は道中の写真です:基本的に舗装した道がずっと続いています)

少しの間歩くと、広場のようなところにたどり着きます。

そこからすぐに、砲台跡らしい場所が見えてきます。

下を覗いたら、以下のような感じですね。

動画も撮影したのでご確認ください。

部屋の中の様子はこんな感じです。

動画をもう1本撮影したのでご確認ください。

砲台跡からは、展望台に行くことができます。

深山砲台跡の展望台
深山砲台跡の展望台

展望台からは、友ヶ島や淡路島を一望することが可能です。

深山砲台跡の展望台からの景色
深山砲台跡の展望台からの景色

撮影内容は以上です。
トータルでの所要時間(駐車場から出発して帰って来るまでの時間)は45~60分程度です。

深山第一砲台跡の口コミ

深山第一砲台跡の口コミを以下の通りまとめました。

深山第一砲台跡に行くためのルートが複数あり、そのうちのレンガの道で行きました。駐車場が5台停めれるのと、木々が生い茂っており涼しかったですが、レンガのため滑りやすくなっております。砲台跡は本当に跡地だけでしたが自分の体より大きい砲台があったのだなと実感出来る場所でした。展望台から友ヶ島、淡路島等が見え私個人的にアワイチからの逆の風景が見れて感動しました。今度は友ヶ島からも見てみます。

https://maps.app.goo.gl/cXbGBiT6vpuwdAUN7

駐車場🅿️は休暇村紀州加太の手前の左カーブの右側にあります。
乗用車7.8台分
そこから、レンガ畳の上り坂を約15分ほど歩けば砲台跡に着きます☝️
ウグイスや小鳥のさえずりが聞こえて、のどかです🐦‍⬛
砲台跡から階段で更に上に登ると海が見え、いい景色でした☺️
トイレ🚻は休暇村紀州加太で買い物をし、お借りしました。

https://maps.app.goo.gl/whyeBv53qxdxYtE18

友ヶ島まで行く時間に余裕がなければ、こちらがおすすめです。駐車場から徒歩10分程度なので気軽に行けます。
展望台からの景色も良く、大阪湾の守りの地であったことが実感できます。

https://maps.app.goo.gl/Pm5X6QzSZQtXhsiG7

全体的に好評なコメントとなっており、行ってよかったと感じている人が多いようです。

加太の休暇村(休暇村紀州加太)も併せて楽しもう

加太の休暇村(休暇村紀州加太)も併せて楽しもう

深山第一砲台跡を探索した後にぜひ立ち寄りたいのが、休暇村紀州加太です。ここは瀬戸内海国立公園内に位置し、高台から紀淡海峡や友ヶ島、淡路島、更には空気が澄んでいる日には四国(徳島)まで見渡せる絶好のロケーションが魅力です。

瀬戸内海国立公園休暇村紀州加太からの眺望
瀬戸内海国立公園休暇村紀州加太からの景色

まず注目すべきは、温泉施設「天空の湯」。湯船に浸かると、紀淡海峡と湯面が一体化する“インフィニティ風呂”が非日常的な癒しを提供します。ナトリウム‐炭酸水素塩・塩化物泉という泉質は「美肌の湯」とも称され、多彩な浴槽が用意されています。

また、オーシャンダイニング「紀伊の国」では、窓越しに広がる海景色と共に、和歌山の旬の食材を用いた創作料理を楽しめます。特にライブキッチン形式の調理で、目と舌の両方で旅の醍醐味を味わえるのがうれしいポイントです。

さらに、スカイカフェ「風の歌」やオーシャンビューテラスでは、珈琲片手にゆったりと海を眺める時間を過ごせます。高台ならではの開放感と、夕焼け時の美しい光景はまさに贅沢なひとときです。

このように、深山砲台跡を訪れた後は、休暇村紀州加太で温泉・食事・風景をトータルに楽しむのが理想的なプランです。歴史探索の余韻に浸りながら、自然と癒しに満ちた時間を堪能してください。

和歌山市の加太にある深山第一砲台跡の補足情報

和歌山市の加太にある深山砲台跡の補足情報
深山砲台跡の写真(撮影:筆者)

深山第一砲台跡の補足情報について解説します。ここでは、築造の経緯や由良要塞における役割、実戦での使用状況など、基本情報では触れきれない歴史的背景を詳しく紹介します。訪問時に知っておくと理解が深まる知識をまとめています。

歴史を深堀り

深山第一砲台跡(深山要塞跡)は、明治時代に築かれた由良要塞の中でも重要な拠点の一つです。由良要塞は1889年(明治22年)に築城が始まり、紀淡海峡を含む大阪湾を防衛する目的で設置された砲台群や堡塁の集まりでした。

深山第一砲台は明治30年(1897年)に竣工し、その後1899年には由良要塞に正式に編入されています。

深山砲台の配置構造についてですが、北西方向を主眼とした射撃を担う役割を持っていた深山第一砲台には複数の砲座と観測所が設けられ、敵艦の動きを監視・迎撃する体制が整えられていました。

また、深山第2砲台も明治26年(1893年)に竣工しており、終戦までその位置にありましたが、終戦後に爆破され、現在では遺構の多くが消失しています。
(加太休暇村に、弾薬庫や砲具庫として使用された地下式掩蔽部が1基残されている)

深山第2砲台跡の地下式掩蔽部
深山第2砲台の地下式掩蔽部(休暇村紀州加太敷地内)

一方で、要塞としての役割・運用においては、由良要塞全体が大日本帝国陸軍の沿岸防備プランの要であり、淡路島側・友ヶ島側・加太・深山側など複数箇所から構成され、18砲台と7堡塁という規模を誇りました。

深山砲台もまた、その中で射程・視界を確保できる高台を利用した配置がなされており、友ヶ島砲台群と構造的な類似点があります。

ただし、実戦で使用された例は非常に限られ、日露戦争期などの動員下令はあったものの、実際の砲撃戦には至っていないというのが通説です。

戦後は軍事施設としての機能を失い、施設の一部は破壊されたり放置されたりしましたが、現在では散策や歴史遺産として再評価され、保存と案内が進められています。

深山第一砲台跡は心霊スポット?

深山第一砲台跡は、戦争遺跡であることから「心霊スポット」として噂されることがあります。
(なお、心霊スポットとして「加太砲台跡」という名称が用いられていますが、これは「深山第一砲台跡」のことを指しているようです(上記動画も深山砲台跡を訪問しています))

特に地下にある弾薬庫やトンネルは昼間でも薄暗く、独特の静けさと重厚な雰囲気が訪れる人に不思議な緊張感を与えます。そのため、実際に心霊現象が確認されたという記録はありませんが、怖いと感じる人が多いのも事実です。

まず口コミを見ても、「弾薬庫の暗さが不気味だった」「夕暮れ時は特に怖さが増す」といった感想が散見されます。明治時代からの歴史が刻まれた場所であるため、そうした雰囲気が心霊的なイメージを呼び起こすのかもしれません。

一方で、多くの訪問者は「夕日の美しさや展望台からの眺望に感動した」とポジティブな感想を残しています。つまり、心霊スポットというよりは、自然と歴史を体感できる散策地として楽しめる場所なのです。

このように、深山砲台跡を心霊スポットと見るかどうかは訪れる人の感じ方次第です。ただし、夜間に訪れると足元が危険なため、散策する際は明るい時間帯を選ぶのがおすすめです。

由良要塞にまつわる事件

由良要塞は大阪湾防衛のために整備された大規模な沿岸要塞群で、深山砲台跡もその一部に含まれています。

要塞自体は実戦で使用される機会がほとんどなく、終戦とともに役割を終えたものの、由良要塞という括りで長い歴史を見ると、以下の事件が起こっていたようです。

昭和2年(1927).10.25〔20歳(満18~19歳)が陸軍要塞で強盗殺人し死刑判決〕
兵庫県津名郡(淡路島)の由良要塞で、人夫(20)が門崎砲台監守舍に押し入って就寝中の軍曹(27)の頭を棍棒でめった打ちにして殺害、軍曹の妻(20)を縛ってレイプして4円18銭を強奪して逃走、犯人捜索隊に加わり軍曹の死体を病院に運んだりしていたが逮捕された。陸軍基地で人夫になったため金には不自由せず映画やエロ本に熱中し、17歳から遊廓通いをしていた。青年団員の郵便貯金集金係として集めた19円を遊びのため使い込んでしまい、盗みを思い付いたもの。この年の銀行員大卒初任給70円。
深く罪を悔いている様子を見せていたが、11.27の夜10時に洲本刑務所を脱獄した。枕で布団を膨らませ、アルミニュームの弁当箱を頭の代わりにして寝ているように見せかけて、隠し持っていた古釘一本で天井板を破り、天井裏を通って電話線修理用の扉から出たもの。育ての親である叔父宛に「脱獄して大阪に逃走する」という内容の手紙を出してから、小さな漁船を盗んで帆を張って流れの激しい海峡を夜中に渡って和歌山市まで逃走、11.29に捕まった。「一度外へ出てみたくてたまらず、紀州へ上がり活動写真を見たら面白かった」と語る。一審二審とも死刑判決。

少年犯罪データベース(kangaeru.s59.xrea.com)のアーカイブサイトデータより引用

上記の通りで、人夫が軍曹を殺害し、その妻を襲った上で金品を奪うという痛ましい出来事がありました。当時の要塞は軍事施設として厳格に管理されていましたが、このような内部での犯罪も起きていたのです。

淡路島の出来事なので、深山砲台跡には直接関係は無いですが、同じ由良要塞に関連してこのような出来事が起こっていたことを意識すると、由良要塞に対する理解が深まるでしょう。

関西で他におすすめの砲台跡

関西で他におすすめの砲台跡
洲本市公式ホームページより引用

深山第一砲台跡の他にも関西に点在する他の砲台跡も合わせて巡ると歴史探訪がより充実します。

具体的には以下のような砲台跡があります。

名称場所特徴
友ヶ島砲台群和歌山市・沖ノ島「ラピュタの島」として有名。第3砲台は特に人気
生石山砲台跡兵庫県洲本市(淡路島)由良要塞の中枢。28cm榴弾砲跡が残る
大阪砲兵工廠跡大阪城公園内日本最大級の兵器工場跡。赤煉瓦の化学分析場が現存

まず、友ヶ島砲台群は、「ラピュタの島」として全国的に有名です。特に第3砲台跡は規模が大きく、廃墟好きの間で人気があります。ただし、フェリーでしか行けないため、訪問には半日から1日を要します。

一方で、淡路島の生石山砲台跡は、由良要塞の中枢を担った場所です。28センチ榴弾砲を備えた第一砲台跡をはじめ、複数の砲座や観測所が残されており、整備された公園内で気軽に散策できます。さらに徳島側の鳴門要塞跡も存在し、戦争遺跡ファンにとっては外せないスポットとなっています。

このように、関西には深山砲台跡以外にも魅力的な戦跡が多く存在します。つまり、深山第一砲台跡を入り口として、友ヶ島や淡路島、生石山などを巡れば、関西の要塞群が果たした歴史的役割を立体的に理解できるでしょう。

深山第一砲台跡について総括

記事のポイントをまとめます。

  • 深山第一砲台跡は和歌山市加太に位置し、明治時代に築かれた由良要塞の一部として大阪湾防衛を担った軍事施設である。
  • 紀淡海峡を監視・迎撃するために28センチ榴弾砲が設置されていた。
  • 現在は瀬戸内海国立公園に含まれ、レンガ造りの弾薬庫やトンネルが残る散策地として人気。
  • アクセスは車で阪和自動車道「和歌山北IC」から約40分
  • 駐車場は7~8台分の無料スペースがあり、日帰り観光でも便利。
  • 入口から砲台跡までは徒歩10〜15分、全体を巡ると約45〜60分程度で楽しめる。
  • 「友ヶ島に行かなくてもラピュタ感が味わえる」と話題で、廃墟好きや写真愛好家にも人気。
  • 展望台からは紀淡海峡や友ヶ島、淡路島、明石海峡大橋まで望め、特に夕景が美しい。
  • 弾薬庫は暗いため懐中電灯必須で、虫対策や歩きやすい靴の準備を推奨
  • 一部では心霊スポットと噂されるが、口コミでは夕日の美しさや景観の魅力を評価する声が多い。
  • 休暇村紀州加太を併せて訪れると、温泉「天空の湯」やオーシャンビューの食事を満喫できる。
  • 関西には友ヶ島砲台群や淡路島・生石山砲台跡、大阪砲兵工廠跡など関連施設もあり、歴史探訪を広げられる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました